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有限会社 播磨書院


コラム

日本社会とグローバル化(著) 佐藤 洋一

第5回 グローバル人材育成の失敗例

2020年2月27日


みなさんこんにちは。

前回のコラムでは、これからの日本企業のグローバル化を見据えて、どのような人材育成が必要であり、どのような企業トレーニング講師の育成が必要であるのか、私自身が今取り組んでいる産学連携共同研究プロジェクトにも触れながら、その一端を紹介してみました。

今や、ネイティブの英語力を基準にした英語コミュニケーションを目指すのではなく、「コミュニケーション方略3.0に代表される、非ネイティブとして手持ちの英語能力を最大限活用しながら、人間関係を構築し、仕事を完遂していくことに主眼を置いた言語学習が求められるようなってきています。また、IT技術の発展により、SNSなどを活用した多次元的・多角的なコミュニケーションのチャネルが開かれている時代に、「コミュニケーション方略3.0」は、AIや機械翻訳がまだ到達できていない領域であり、この点を踏まえた英語学習指導のできる企業英語トレーナーが求められているのです。

さて、今回は少々視点を変えて、日本企業で今実際に起こっているグローバル人材育成の失敗例について、私が実際に企業で見聞きした例をもとにお話ししていきたいと思います。今後の企業のグローバル化に本当に必要なのはどのような観点であるのかを考察する一助になれば幸いです。

私は現職の東洋大学経営学部に赴任する前、フリーランス企業英語トレーナーとして活動していました。その頃、たまたま関わった企業の話しになります。この企業は、技術開発関係の有名企業です(名前は伏せます)。日本国内での販売はもちろん、海外でも事業展開を行なっており、私が関わっていた海外事業部では主に海外支社に技術指導を行うことのできる人材、並びに海外で事業展開のできるセールスエンジニアの育成が急務となっていました。この企業とはかれこれ5年ほど関わることになりました。

私が携わることになったのは、海外赴任前研修です。この研修では、これからグローバル・リーダーになっていく選抜社員を対象にしています。海外で1年間、現地での仕事に従事させ、そこで海外ビジネス・プロトコルを学びながら、語学力(英語力)を高めていくことが目標です。私は、彼らが海外に赴任する前の3カ月間ほど、集中的に英語を特訓するコースを担当しました。事前研修の内容としては赴任資格の基準を満たすためのTOEICの点数アップはもちろんのこと、プレゼンのスキル、Eメール・ライティングのスキル、ミーティング英語のスキル、ディベートのスキルなど、いわゆる「ビジネス英語のスキルを全般的に扱っています。特に、日本人英語講師である私が担当していたのは、TOEICの点数アップと、日本語と英語の論理構造の違いを踏まえて、相手に英語で自分の意思を効果的に伝えるためのトレーニングでした。

この研修で知り合った中田さん(仮名)という方の例を紹介します。中田さんは赴任研修に参加する前は、経理関係のお仕事をされていました。赴任前研修を経て、中東のある国に赴任することになりました。そこで、技術関係部署での、経理関係の技術指導に携わりつつ、語学力を高め、海外ビジネスのプロトコルを学ぶ経験を積むことになります。帰国後は、これからのグローバル・リーダー候補者として活躍する予定だったのですが・・・。

経験を積み、さあこれから! そこにあった落とし穴

帰国後、中田さんを待ち受けていた現実は、彼が当初想定していたものと大きく異なっていたのです。第一に、海外赴任先でビジネスで英語を使う前提でこれまで特訓をしてきたのですが、実際にビジネス上で英語を使う機会というのは限られていたのです。また、海外ビジネスのシーンではよくあることですが、何かしらの仕事やポジションなどが会社から用意されているということはなく、自分自身がその会社の中でどのような関わり方をしていくのかを自分で見定めて、自分で仕事を作っていかない限りは会社組織の中で浮いてしまうという状況に苦しんだのだそうです。他に赴任していた日本人の社員の方もいたようですが、その方は生粋のエンジニアで、技術指導のほうの担当だったため、中田さんとはほとんど関わる事はなかったそうです。そこで、中田さんがインタビューで繰り返しおっしゃっていたのは、「毎日毎日シャワーを浴びながら、なぜこのようなことになってしまったのだろうかと、泣いていた」、「海外で毎日ハッピー、と言うような感じの暮らしでは決してなかったということ。これは、中田さんだけに限った話ではなく、海外赴任から帰ってきた日本人ビジネスパーソンからよくこのような話を聞きます。

さて、1年の海外研修終えて帰国した後、中田さんはどうなったのでしょうか。実は、彼を待っていた日本社会の実情が中田さんに追い討ちをかけた決定的な要因だったそうです。日本社会に帰ってくると、英語を使う機会は一切消え失せたのだそうです。私生活でも、英語を使う機会は、現地で知り合った人とのFacebookでのちょっとしたコメントに限られてしまい、彼らとも仕事面での関わりというのは一切なかったそうです。また、海外赴任をしたことにより仕事に1年間のブランクが生まれてしまい、この1年間のブランクを取り戻すのにかなりの時間と労力を費やすことになり、全く生産性が上がらない苦しい時間を過ごすことになったのだそう。

そこで中田さんが行き着いた結論は、「これ以上、この会社組織にいても自分自身のスキルアップにもキャリアアップにもつながらないと言うこと。さらには、「英語のキャリアを選択したことにより、同期入社の社員とも差が開いてしまい、ビジネスキャリア面での昇進が見込めなかった」ということです。そこで、中田さんは一念発起し、自分の生まれ育った地元に戻り、そこの企業で地元に貢献したいということだったのだそうです。そして、中田さんはこの企業を辞めて、地元の技術系中小企業に再就職します。大手のグローバル化を掲げる企業に就職し、グローバル人材になることを求めて、このような海外赴任を経験したのにも関わらず、このような顛末となってしまったということは何とも遺憾です。

さて、現在の中田さんは、どうなったのでしょうか。彼は現在、自身の地元に戻り、技術関係の中小企業会社に再就職されたわけですが、以前よりもやりがいをもって仕事に取り組んでおり、海外との取引も増え、英語を使う機会も多くなったのだそうです。以前のような大企業での勤務ではなくなり、福利厚生の面では不安があることは事実だそうです、ですが、イギリスの関連会社と英語を用いた業務上のやり取りを任されているそうで、日々英語に触れることが多くなったそうです。「数年後にはイギリスへの出張の機会もでてくるかもしれないです」と、中田さんはおっしゃっています。「今の働き方って、実は前の会社で僕がもともと思い描いてたような、海外との関わり方そのものなんですよね」と、中田さんは振り返ります。

中田さんの例は、実は決して特異な例ではありません。中田さんだけに限ったことではなく、日本の大企業の多くでちらほら耳にします。グローバル化推進という名目で、英語研修やグローバル人材研修と言うプログラムを実施している企業は数多くありますし、一般的なイメージでは、大企業になればなるほど英語が必要、と考えられがちですが、本当に大事なのは企業の規模ではなく、英語が必要とされるもしくは将来必要となるであろう業務があるかどうかであり、むしろローカルな中小企業(特に、中田さんが就職したような技術関係企業)の方が英語を必要とする人材を求めている場合も多々あります。中田さんの例は、大企業でグローバル人材育成のビジョンが明確でなかったために起きた、グローバル人材流出という点で、日本企業の抱えるグローバル人材育成の失敗例と言えるのかもしれません。。


<<<第4回 これからの英語学習の意義と「コミュニケーション方略3.0」
佐藤洋一プロフィール

著者 佐藤 洋一

1983年、新潟生まれ。
大学卒業後、公立中学校教諭を経て、企業英語研修講師となる。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。博士(学術)。
これまで明星大学、神奈川大学、放送大学、青山学院大学、淑徳大学で非常勤講師として教鞭を取り、現在は、東洋大学経営学部准教授、東京大学教養学部非常勤講師。
ビジネスブレイクスルー大学PEGL動画講座『仕事で使える英文法』講師。朝日カルチャーセンターでの講座も好評。代表著書『英語は20の動詞で伝わる』(かんき出版、2016年)は、重版出来第10刷のベストセラーである。


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